「最期に会いたい」…駆け落ちして消えた夫、余命わずか 戸惑う妻の“最後の決断”【東京タクシー百景vol.3】
2023.12.19 橋本英男
タクシードライバーが見た東京の実相とは――? 今回は、駆け落ちして失踪した夫からの手紙を受け取り、東京へとやってきた女性の心情について。
12月、人と人とのつながりを思わせる季節

常に変わりゆく時代の群像を一番間近に見続けてきた職業、それはもしかしたらタクシー運転手かもしれません。小さな車内で交わされる、ほんのいっときの人間模様。喜怒哀楽や幸不幸を乗せて、昭和から平成、令和へと都会を駆けたドライバーの筆者が、その一端をお話しします。
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師走。街は何だか慌ただしく、人々は浮き足立つようにイルミネーションの下を行き過ぎます。ホリデーシーズンとも呼ばれるこの季節、足早に向かう先には皆、大事なパートナーや家族、友人などが待っているのでしょうか。人とのつながりをいつも以上に感じるのが今の時期なのかもしれません。
今回は、人と人とのつながりについて思いを巡らせた一件を紹介します。
都内に雪が降った翌日の港区・浜松町で
20年以上前の古い話ですが、忘れられない女性客がいます。前日は東京にも雪が降り、道路脇には溶けずに残った雪があちらこちらと埃(ほこり)で汚れてありました。
午前10時過ぎ、筆者のタクシーはJR浜松町駅近くのホテル前のビルのはざまを空車で走っていました。すると前方に、歩きながらも後ろをチラチラと気にする女性が目にとまります。年格好は40歳前後でしょうか、クリーム色の地味なツーピース。髪は短め、ごく普通のどちらかといえば目立たない印象で、大きな旅行バッグを小脇に抱えています。
どうやらタクシーを探しているようだ。そう思い、合図を待たずに停車してドアーを開けると、やはり車に乗り込んできました。
「あのぅ、少し遠いんですが、A市とかいう、高速道路を降りて近いらしいんですけど、そこのY病院まで行きたいんです。運転手さん、場所分かりますか? 住所は一応メモしてますが……」
渡されたメモ用紙を見ると、
「あ、お客さん、この病院なら一度行ったことがあります。たしか少し入り込んだ場所です。行きますか?」
と返します。
「へんぴな場所らしいので、知っている運転手さんで良かった。どれくらい掛かりますか?」
「そうですねぇ、混み具合もありますが1時間半は掛からないと思います。でもそれぐらいは走りますよ」
「分かりました。願いします。あのぅ、帰りもこの車で帰りたいのですけど……」
「構いませんけど、向こうで2時間や3時間もお待ちするようでしたら、申し訳ないですけど他の車にしていただけるとありがたいのですが」
「いえ、掛かっても30分くらいです」
「はい、了解です」
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